さいたま市の川合運輸株式会社です

5月 2012Monthly Archives

安全装置

大型トラックに、追突事故を回避する自動ブレーキを義務化するという報道がありました。
20トン超の大型トラックが対象で、2014年11月1日以降に生産される新型車から適用との事ですが、おそらく適用範囲は徐々に拡大されることと思います。

技術の進歩で確かに、さまざまな機器が開発され、メーカーが競って販売しているわけですが、どうしても価格が高価であることが導入を遅らせます。さまざまというのが曲者で、どれが決定版かという判断がユーザーサイドでは難しいのです。ある程度、絞れれば段階的にでも導入していこうという方法もあるのですが。
安全に関わる装置は出来るだけ、義務化が促進されることが望ましいです。対象車種が増えれば、必然的にコストが下がるわけで、当然、普及までの期間が短くなります。

もともと道路事情の悪かった日本でこのように車が普及したのは、道路整備という、ひとつの国策という側面(税収など)もあったはずです。これだけの密度の高い交通事情に、残念ながら交通マナーは運転者の年齢を問わず悪くなっているのが現状です。

環境対策であれだけの排ガス規制を行い、その規制をクリアする車種の開発に多額の費用がかかり、それが理由で車両の価格は跳ね上がっています。安全の問題についても、大きな事故が起きるたびに、その対策という形で進んでいくというのも順序がちがうのではとも思います。

富士山

富士山直下に活動層が新たに見つかったとニュースで見ました。
以前より活断層の調査は行われていたのでしょうが、新たに見つかるということは、まだ発見されていないものはたくさんある、ということなのでしょうか。
なんとも大変な地面の上に住んでいるものだと思いますが、富士山といえば最近、噴火の兆候か?などという記事も目にします。
そもそも子供向けの本などでも「富士山は休火山なので噴火する可能性がある」ということは読んでいましたので、まさかとは思いません。二十数年前に日付まで断言(予言?)した本が出たことがありましたが。

比較的近いところで噴火が実際に起きると、その影響は甚大で、自動車の走行ひとつとってもその障害は大変です。
オイルやオイルフィルタ、エアクリーナーなどは、相当な頻度で交換しなくてはなりません。単に走行距離数の目安であてはめると極端な場合、毎日交換が必要になってしまいます。他にもワイパーを使用するとウィンドガラスに傷がつくなど。
そもそも、灰を巻き上げるという理由で通行規制自体が行われるかもしれません。

参考サイト 火山灰への備え

宮城磯治:揮発性成分の火山学のページ

復興とトラック

トラック協会主催の復旧・復興支援の事業者としても役割と題したセミナーに参加しました。
震災から1年が経過し、本格的な復興事業が開始することにより、今後5年程度にわたり関東から東北への輸送需要が高まるとの事です。
輸送品目としては建材などが主になるのだろうと思いますが、数年間に限定される需要であるために、必ずしも車両や設備ふやすことが難しいという事情があります。又、東北から関東への貨物は見込めない、燃料費は高止まりしているといった問題もあります。
震災後は、自動車を運ぶ陸送車の不足で、その輸送の手配が難しいという状況は既に起きています。
繁忙期を中心に車両の手配がつかなくなるという事態も生じるかもしれません。

 

時代の変化

当社の創業は昭和10年。戦争による統合令があったため、途中10年間の中断の後、昭和27年に再開しました。その2年後、私の父が入社しました。
父は卒業後、中学の教師をしていたのですが、祖父が倒れたことで家族、兄弟の生活のこともあり、やむなく従事したのです。
時代は当然今とは全く違います。当時の運輸業といえば、特殊な業種、イメージの良くない業種と見られていました。父が特に嫌っていたのが「クモスケ」との揶揄。
それを払拭すべく格闘してきたのが父の半生とも言えます。
もともと小説家になろうとしていた父ですから、当時から業界の問題や社内報、社員教育のための内容をこまめに冊子にしていました。今年の初め、書庫を掃除している時にたまたま何冊か見つけ、読み返してみると理想への熱意があらためて伝わって来ました。
父より引き継いで19年になります。以前にまして時代は変化して、人々の価値観が大きく変わる昨今です。本当の意味で、お客様に必要とされる会社になるよう努力して参ります。

お留守番

連休中のある日、近所のお宅に用があり、外出から帰宅した夜に訪ねました。
門の脇の呼び鈴を押すと、少しの間を置き、すこし離れた玄関先の照明が点灯しました。さて、いつもならここでインターホンから声が聞こえるのですが、今日は聞こえない。
あれ、と思いしばらくそのまま玄関先を見て待ちました。ふと気がつくと向こうからも誰かがこちらを見ている。
誰かではなかった。猫さんでした。姿勢を正して、少し首を伸ばして斜めにこちらを細い目でずっと見たまま動かない。不思議に、そのまま「お留守ですか?」と、もうすこしで言いそうになった。

ようするに、もともと猫が座っていたのが、私が門に近づいたので猫も首をこちらに向けたところ、玄関のセンサーが感知して照明が点灯したというわけ。
なんでもない事なのですが、その猫がよても品が良いので強く印象に残りました。

連休明けの今日、会社では連休中の出来事がどうしても話題になりました。そして帰宅後、そのお宅に再び訪問して用は済みました。その時に、先ほどの話をしたところ、可愛がっている愛猫の事、長い立ち話になりました。

ちょうど8年前の連休、5月5日に市役所近くにいる野良猫が子供を産んでいたところ、親猫が子猫5匹の内、2匹を足で外にだしていたのを見て、気になり、家に帰ったものの引き返して死にそうになっていた2匹を拾って飼ったとのこと。
思わぬ連休の思い出話となりました。

雹に雷

休み中は、日課もきちんと、というわけで、ざっとした雨が上がったので近所を歩きました。戻ってきてしばらくの後、随分と雲が暗くなったと思っていたら雨、でも音がすごい。雹だ!
今日の雹で怪我をした人もいると聞きました。これが大きくなれば車にも被害が出てしまいます。

何年か前に、山沿いの道で突然の雹にふられたことがありました。ばらばらと降ってきたかと思ったらたちまちすごい勢いに。道路が雹で埋まり、車のボンネットも穴でも開くのではないかというほどに。視界がまったく効かなくなって、とにかくその場に停車し、やむまで待ちました。音もすごいですからパニックになりますね。

ゴールデンウィークの最終日は各地で天候が荒れました。
我が家でも怠惰な子供に、少々カミナリが落ちてましたが。

埼玉会館のタイル

昨日の埼玉会館の搬入口で待機している車両です。早朝から夕方まで乗務員さんも大変です。
前川國男氏設計の埼玉会館。最近、歩いて脇を通るたびにこの茶色のタイルが目につきます。打ち込みタイルといって、コンクリートの型枠の役目をしながら固定されたもので、貼り付けられたものではないそうです。

今の埼玉会館は2代目なのですね。昭和天皇の御成婚を記念しての建設だったそうですが、現在の建物も大ホールと会議室のある棟と2つになっていますが、初代会館も本館と別館で出来ており、当時景気の良かった蚕糸業の会社が事務所としてこの場所を使用したいとの希望があったことも建設への推進力になったようです。今で言えば民活みたいなものですかね。
事務所がある別館の屋上は、屋上庭園となっていましたから、現在の建物にも通じるものがありますね。

浦和高校吹奏楽部さんの定期演奏会

本日は埼玉県立浦和高等学校 吹奏楽部さんの第44回定期演奏会でした。
いつもは文化センターでしたが、今回は埼玉会館です。
第1部では2曲の協奏曲があり聴き応えありました。「ピアノと吹奏楽のための協奏曲」(ルロイ・アンダーソン作曲)は50年代初めに作曲され、2度演奏されたのみで、その後89年に復活演奏されたという変わった経歴の曲ですが、ピアノのソロが見事でした。ポップス中心の第2部に続き、第3部は昨年の震災後に作曲されたコラールを含む課題曲 行進曲「よろこびへ歩き出せ」、同じく課題曲 吹奏楽のための綺想曲「じゅげむ」、3部構成の「海の男達の歌」。
さすが浦和高校さん。規律正しく見事な演奏です。
アンコールは「ディスコ・キッド」。
この曲はずいぶん長く人気のある曲なのですね。軽快なノリの良い曲で、途中でアドリブ的にソロが入るのが好まれるのでしょう。やはり後半、ユーホニュームの高音はきついですよね。なんとも懐かしいです。何を隠そう、私が中学3年、この埼玉会館のコンクールで演奏した年の課題曲だったのですから!

中休み

連休前から検査などで病院など、連休中もめずらしく歯医者さんの予定が入ったりでバタバタしてました。本日は完全にオフです。

ずいぶんと雨が降り続きました。北関東から東北方面はまだこれからも注意とのことですが、土砂崩れが心配です。
山地でも近年はあちこちで被害が出ていますが、林業が廃れていくと山も荒れてこのような状況になりやすいという話は聞きました。ただ先日の北海道の土砂崩れは、ニュースでの空からの映像では森とか林とかの地形ではないので、まだ別の原因があるのでしょうか。
連休後半は天候は回復のようですが、仕事にレジャーに高速道路では車間をとって安全運転に心がけたいものです。

スコアボード

先週の高校野球の試合。吹奏楽部の皆さんの応援に、応援団の熱烈な声援もむなしく大差が・・・。

高校野球に西鉄ライオンズと久しぶりに野球の話題で、ふと興味が湧いたのがスコアボードの事。

昔はどこも板がひっくり返って点数がでてくるというもので、甲子園などでは高校野球の選手の名前は水ペンキで書かれていましたから、雨が降ると消えかかったりしていたものです。プロ野球でも地方球場では暑いからか、半開きの向こうから試合を見ている人がいたり。
そんな時代ですから、当時小学生の私は、ドームになる前の後楽園球場の電光式スコアボードに、ものすごく反応していました。たくさんの電球で点数や選手名どころか、ミスタージャイアンツのキャラクターが、打ったり走ったりしているのですから。実際に球場に観戦に行った時には目を奪われていました。両サイドの派手な看板に「なんでP社なの?」と、その会社に勤務している叔父にしつこく聞いたりしていました。

その後、オーロラビジョンなどが出てきて派手になっていたわけですが、近所の野球場などもいつのまにか自動式になっていたので、今のスコアボードはLEDを使っているのだろうと思いました。ところが一般的には「磁気反転式」という方式なのだそうですね。つまり小さい板もしくは箱を、磁気で反転させて2色又は4色を変えた、その集まりで数字や名前を表示しているようです。動かすときだけ電気を使うのでLEDよりも省エネというわけ。

スコアボードの中で人が板をつけかえたりはしなくなったわけですが、小さい板が相変わらずひっくり返って表示していたわけですね。